2009年5月4日月曜日

First Paddling of the Season




まだ岸辺に雪が残るユーコン川での初漕ぎ。

ホワイトホースのダウンタンから出発して3時間のパドリング。途中、更に北を目指す白鳥や渡り鳥が静かに羽を休める姿も見られた。頭上を飛ぶ白頭ワシも、時々聞こえてくる雪が川に崩れ落ちる音も、全てが夏の訪れを祝福しているよう。

私もこの季節、また川の上の人になる。笑顔。






2009年4月30日木曜日

スーパー・グリーン・ホーム





Lot 98。これが私の新たに手にした土地の住所。今、スプルースと松とポプラが生い茂るこの森に、家を建てる。来週から工事開始。まずは車道を入れ、下水システムを設置する。家を建てる場所の土地を掘り起こして開拓し、井戸を掘り、電線を引き、それから家の建築にとりかかる。木は、できるだけ切らずに残す。
零からの出発。家は、地元の建築家の友人がデザインしてくれている。今回は1軒目で、1階がカヌーなどの装備をいれる倉庫で2階は将来の収入のために、人に貸せるようレンタル・スイートにする。目標は、「スーパー・グリーン・ホーム」を建てること。必要最小限の広さで、壁の厚さを通常の2.5倍くらいにして保温性を高め、長い冬の暖房費の節約と温暖化防止に貢献する家にする。
この土地は、北にグレイマウンテン、南にゴールデン・ホーン・マウンテン、マウント・シマと、上手く建てれば窓から美しい山の風景を楽しめる家になる。
本当は、日本建築の要素も取り入れたいのだけれど、この1軒目ではそれは叶いそうにない。将来立てる「Dream Home」まで、畳の部屋や縁側、、、はお預け。
来週月曜から、カーハーツ(こちらで作業着として親しまれているブランド)・ファッション一色の日々になる。「家や宿は、寝るのと荷物を置いておくためだけの場所だからこだわらない」。旅を始めた時から、そういうスタンスできた私が、これからの1年間、自分の巣作りに励むというのは、自分でもちょっと不思議だけど、まあ、いいか。これから、この土地がどう変化していうかの報告をお楽しみに、、。何?手伝いたい?いつでも、どうぞ。
写真1:家の北東部分になる場所。これから、このオレンジのサーベイ・テープにはお世話になることだろう。
写真2:南向き。日当たりと眺めのいいリビングを作りたい。
写真3:密生したスプルース。ここに来週、車道が入る。木よ、森よ、ごめんなさい。なるべく、切らないようにします。


2009年4月21日火曜日

Home








日本では、仕事の一環として、もしくは仕事の合間をぬって、会いたい人たちに会ってきました。そこで付いてくるのがお食事とお酒。「折角日本に来ているんだから、食べたいものを言ってみい」という非常に親切な友人知人の言葉に甘え、あれこれ美味しいものをいただいてきました。

ただ、この冬ほぼ週7日スキーをして鍛えていた体には、実家以外の2週間のホテル滞在は厳しかったのも事実。友人の薦めでランニング用品一式がスーツケースにパックされていたものの、慣れない夜更かし(夜11時過ぎれば私にとっては夜更かし)の連続に朝は「寝れるだけ寝れる」ポリシーを貫き、結局皇居ランも実現せぬままカナダに帰国。

ということで、帰国後初の週末は、まだ時差ぼけも完全に取れないまま、しかし体力回復と久しぶりのウィルダネスを満喫するため、早速友人の車に飛び乗り、ユーコンとヘインズ・アラスカを結ぶヘインズ・パス(ヘインズ峠)でのバックカントリー・トリップへ。「ちゃんと登れるか」少し不安もあったけれど、目の前の純白の山々と頭上の青い空を見たら、もう元気。「上へ、上へ」という誘惑にかられ、吸い込まれるように登っていきました。

4月のスキーを私たちは「スプリング・スキー」と呼びます。真冬のマイナス15度、20度の世界で汗や寒さを心配しながらのバックカントリーとは打って変わり、最初からウールのアンダーウェア1枚で登り始めても汗をかくほどの気候に、私たちは自然と笑顔になります。頂上では、通常ダウンを着込む必要がありますが、4月は写真の通り。男友達はトップレスになり太陽を吸収中。目の前には何処までも続くセント・エリアス山脈群。この景色を1日中、4人占めにできるのがここユーコンの凄いところ。

日本でのプロモーション活動中、「ユーコンは、日本の1.3倍の広さで、そこに人口が3万人しかいないんですよー」というコメントを幾度となく繰り返してきた私。でもそれは、ここに来て、自分の身をその自然のど真ん中に置いてみて初めて、それが一体どういうことなのか分かることなのかもしれません。丁度、私が朝8時、赤坂見附から必死の思いで乗車した地下鉄で潰されそうになったり、日曜夕方の原宿駅で電車に乗るのに30分押しつ押されつの列に並び、東京の人口密度を改めて実感したのと同じように、、、。

2週間前は、六本木ヒルズの52階から、あの人間が創造した都会の風景を見下ろしていた私。今は、そのほぼ対極の風景を持つユーコンに帰ってきた私。4月9日でユーコン在住14年目に突入。その両方の風景と自然、そこに暮らす人々に「ただいま」と言える人生に感謝。

2009年3月23日月曜日

日本











先週末は、アラスカの山でこんな風に雪と遊んでいたのに、明後日には、東京の電車に揺られている自分を想像すると、やはり実感が湧かないのが正直なところ。

でも、桜を愛でるのはとても楽しみ。昨年は、10年ぶりの桜だったけど、最盛期は逃してしまったので、今年に期待。

3月29日、東京地区で先月私が取材のお手伝いさせていただいたフジテレビの番組が放送予定。「ザ・ドキュメンタリー」で、タイトルは仮題で「オーロラに恋して」。出演は本仮屋ユイカさん。犬ぞり、先住民、オーロラと、内容盛りだくさんのはずなので、「ユーコンに恋して」いる方たち、どうぞお見逃しなく。ディレクターのお話では、その後東京地区以外でも放送予定だし、その上にDVDも発売になるそう。東京では、制作の方たちとお会いする予定。いつもいつも、ユーコンでの素敵な出会いが、こうして繋がっていくことに、感謝。


では、今からほぼ「日本に行くときだけ」登場する服や靴たちをクローゼットから取り出す仕事にかかります。今年は、赤坂の路上で、慣れないちょっとヒールのある靴がポンと脱げて、それが会社員の目の前に落ちる、エスカレーターに乗り損ねてスーツケースでこれまた会社員の足を思い切り踏む、、、そういう失態をしませんように。








2009年2月19日木曜日

Go Quest Go!




2月14日、世界一過酷と言われる犬ぞりレースのユーコン・クエストがホワイトホースからスタートした。今回は、日本のテレビ番組取材のお手伝いをしていたために、いつもよりこのレースに深く関わった。

レースは、ホワイトホースとフェアバンクス間の1600キロで行われる。詳しい情報、また現在のレースの状況は、クエストのウェブサイト参照。http://www.yukonquest.com/

今年も、日本人女性マッシャーの本多有香さんが出場している。これが、彼女にとっては3度目の挑戦。仕事を通し、今回初めて彼女と言葉を交わす機会に恵まれたが、今までに会ったことのないほど率直で正直で、なんとも私の興味をそそる人だった。彼女がスタートを切る時には、心の底から応援した。前日には「レース、楽しんで下さい」と声をかけたが、この時はもう、「頑張って」と想うしかなかった。

そこから、約12日間の犬ぞりでの旅が始まった。マイナス50度にも下がるこの極寒の地で、彼女をこの挑戦に駆り立てるのは一体何なのか。それは多分、本人にしか分からないことだろうが、つい、考えてしまう。

顔を真っ赤にして、白い息を吐きながら犬を撫でる彼女の顔が、一瞬、昔映像で見た植村さんの顔に重なった。犬と人間、そこに成り立つ信頼関係が垣間見れた。

今、彼女は次のチェックポイントであるドーソンに向かって暗いトレイルを走っている。私も、10数年ここに暮らして初めて、レースを追ってドーソンに行く。レース中の彼女の表情を見ることを、とても楽しみにしている。








2009年2月10日火曜日

子供は風の子







ユーコンで生まれ育つカリア(2歳)が家族で私のラバージ湖畔の家に遊びに来た。

マイナス30度の中、お父さんに肩車をされて、凍った湖の上を散歩する。

30分あまりの間、一度も「寒い」とも「帰りたい」とも言わず、口を真一文字に結び、真っ直ぐ前を見据えていた。

「子供は風の子」。この子は、赤ん坊の頃からブランケットでグルグルに包まれ、お父さんやお母さんが引くソリに乗ってスキーに連れて行かれていたから、きっと強いアウトドアっ子になるのだろう。


私たち大人も、寒さに負けずに外で遊んでいる。最近、友人が結成した「エクササイズ・クラブ」に加名。毎日欠かさず最低45分の運動をすることが義務づけられており、1日でも怠けると、罰金10ドルか缶ビール6本が科される(自己申請)。「病気」も「出張」も言い訳としては許されない。一ヶ月毎に集金(もしくは集ビール)され、賞金(品)として勝者の手に渡る。私は2月からの参加だが、9日現在で1日も欠かしていないのは私だけだとか。やはり、お金(ビールではない)がかかると必死になる習性なのか。

今日も、マイナス20度の中「どうしようかなあ、、、寒いよなあ」と考え込んだが、意を決して仕事帰りに1時間クロカンを滑りに行った。寒いと呼吸も辛いけど、やはり身体を動かすと頭がスッキリする。

「大人も風の子」。頑張ってます。

2009年1月27日火曜日

心に残っている番組

ユーコンに暮らして、13年。未だ、テレビを持っていない。いや、部屋にテレビはある。10年ほど前、母が、当時超シンプル・ライフを送っていた私に誕生日のプレゼントとして、「せめてテレビ位は持ちなさい」とビデオデッキと共に買ってくれた、それである。しかし、相変わらずテレビは、テレビを見るためには存在しておらず(ケーブルにも何も繋がっていない)、冬の寒い日に映画を見るためだけにある。

しかし、今でこそ「私の家で大切なのは、テレビよりも大きな窓」と言っている私だが、昔から全くテレビを見なかったわけではなく、今でも子供の頃に見て、心に残っている番組はいくつもある。

私が台詞を覚えるほどの「北の国から」ファンであることは、知り合いの間では承知の事実。このドラマはオンタイムで見て育ち、純君がストーリーの最後に結婚し、そしてその俳優が実生活でも結婚した時は、朝日新聞をインターネットで読みながら、「純君、お前もか」と感慨にふけった。ちなみに、北の国からのテレビシリーズDVD12巻はしっかりホワイトホースに完備しており、このために日本製のDVDも持ち帰ったほど。

その他、姉や弟と毎週欠かさず見た番組は「大草原の小さな家」。あの家族がなんとなく自分たちに似ており、当然、私は次女でお転婆で夢見がちなローラ役。いつも、金髪で頭が良くて落ち着いていて優しい長女にどこか憧れているところも私と自分の姉の関係のようで面白かった。

この、私が子供の頃に夢中になった番組ふたつの大きな共通点といえば、子供が野原を駆け抜けて小学校に通学すること。家族が協力してシンプルな山小屋/キャビン風の家に生活していること。コテコテの家族愛/町の人々との人情ドラマがあること。

昔から、私の好みははっきりしていたのかもしれない。いづれの番組も、推奨して見せてくれていた親は、まさか将来、これが私の生活になんらかの影響を及ぼすことになるとは、思いもよらなかっただろうが、、、。

小屋に生活しながら、丸太で家を建てる夢を持った「五郎さん」。私も、今度ユーコンのスプルースの森に家を建てる。「丸太の家」でも、「石の家」でも、「拾ってきた家」でもないけれど、自分なりに色々と考え、建築家や大工や木こりの友人たちと話し合い、協力して、環境に優しい家を建てる。そういう、意識の高い家、必要最小限のスペースを持った家を、建てようと思う。これが、今年の私の目標のひとつ、なのです。


*ちなみに、路線は違えども心に残っているのは、NHKが夕方6時頃から放送していた人形劇シリーズの「三国志」と「プリンセス プリンプリン」。小学生ながら、孔明と関羽の格好良さにノックアウトされたのを覚えている。懐かしいなあ、、、。