2010年12月28日火曜日

フィールドライフ

私事ですが(って、ブログはいつも私事なのですが)、この度、「フィールドライフ」という雑誌にユーコンでの暮しを紹介するエッセイの連載を始めさせていただくことになりました。

子供の頃から「書く」ことが好きだった私にとっては本当に光栄な出来事で、自分でもちょっとドキドキしています。

連載は、「フィールドライフNo.30冬号」から始まります。2010年12月25日発行予定、とあるので、もうすぐではないかと思います。

雑誌は無料で、アウトドア店などで入手できるようですが、年間4冊分の送料1000円で、年間購読も受け付けていらっしゃるようです。詳しくは、下記のWEBから。
http://blog.sideriver.com/fieldlife/
また電話での問い合わせは03-3708-5533まで。

興味のある方は、読んでみて下さいね。宜しくお願いします。

2010年12月25日土曜日

Season's Greetings


雪深いホワイトホースから、Merry Christmas!
今日から10日間のクリスマス/お正月休暇に入ります。休暇中の予定は友人たちとのディナー(これから3日間、毎日ターキーです)、スキー、そしてアイス・ホッケーにストリート・ホッケー。スケートもろくにできない私にまで舞い込んでくる数々のホッケー・パーティーへの招待に、カナダ人のホッケーへの愛情、生活への結びつき、そして伝統を感じます。「氷の上でブーツ履いでもいいから参加して」という優しい友人の言葉を頼りに、私もスティック持って遊んできます。
皆さんも楽しいクリスマス、そしてお正月をお過ごし下さい。
来年もどうぞ宜しくお願いいたします。
熊谷芳江
Sweet River Enterprises

2010年12月14日火曜日

ヤマト運輸

今非常に怒っています。こんなに怒ったのは本当に久しぶりです。

クロネコヤマト。ヤマト運輸株式会社。
私は日本のこの宅急便システムというのを今まで信頼してきました。
しかし、今回この日本を代表する運輸会社に完全に失望しました。

事の始まりは私が今回日本を出発する際に起こりました。いつも通りに福岡の実家から3日前にスーツケースを成田空港に送り、出発日の3時間前にカウンターに受け取りに行くと、私の荷物が届いていないというのです。「ちゃんと成田って書きました?」と私を疑う職員に、「伝票見てください。成田国際空港、そして航空会社、出発日、出発便、時刻まで書いてあるではないですか。」。結論。クロネコヤマトは私の荷物を羽田空港に送っていたのです。「すみません。今度国際線ができたから、本能的に向こうに送ったみたいで」必死に言い訳する職員。「本能的なら、普通羽田じゃなくて成田に送るでしょう」、、、。しかし、私も少しは大人なので、ここは言いませんでした。とにかく事務的に処理することがあり、それからの3時間は電話と、交渉とで大忙し。ゲートに入る前に明太子を買う時間も無くなってしまいました。

もし翌日バンクーバーで仕事が入っていなければ、そのまま日本に留まるところでしたが、そうもいきません。幸い、ビジネス・スーツは持参したスーツケースの方に入っていたので助かりました。ただ、仕事に使う靴、カナダに戻って必要な厚手のウールのジャケット、手袋、帽子は届いていなスーツケースの中。これらは、バンクーバーで調達するしかありません。とりあえず、必要な情報を交換し合い、私はカナダに帰りました。

今年の初雪が降るバンクーバーに到着したらすぐにクロネコに国際電話をし、3点(靴、帽子、手袋)だけは購入しますけど、補償してもらえますよね?と確認したところ、「もちろんです。ヤマト運輸がスーツケースも含め、誠意を持って対応させていただきます」との回答。エアラインだって、ロスバゲして24時間以内に荷物が届かなければ一定の補償額内にて必要な物を購入できる。当然の対応である。その常識に基づき、私は雪ふるバンクーバーでとりあえず翌日の仕事に必要な靴だけを、まだ開いているお店で購入した。限度額を聞かなかったので、コートは買わず、持っていた薄いトレンチでなんとか繋ぐ。仕事を終えた翌日、やはり帽子と手袋は買いに行く。ユーコンは、もうすっかり冬。到着してからもこれらは必需品である。

結局、スーツケースはそれから19日後、先週の水曜にようやく届いた。19日後、である。しかも輸出のためにクロネコの社員にスーツケースを空けられ、中を全部リストアップされるという被害にもあった。それでも、電話、メールの対応、落ち着いて、忠実に行ってきた。怒らずに、きちんと対応すれば、向こうもプロフェッショナルな対応をしてくれるだろうという期待があったから。

それが、である。その期待が、今夜のメールで切れた。

私が荷物が無事に届いた旨を伝え、それではと、バンクーバーで購入した品物のリスト、領収書のコピー、そして福岡から成田空港への宅配代の合計額をメール添付にて送ったところ、返事がこれである。

「今回購入した品物を日本に送っていただいてからの返金になります。もし私用でお使いになるのでしたら、宅配代のみの返金になります。返金額は実家にお送りします」

怒った。この件で初めて、本当に怒った。馬鹿にしている。品物を、国際郵便で送れ、そうしないと購入したものの代金は払えない?バンクーバーからわざわざ確認の電話をした私に、担当者はそんなこと一言も言っていない。「誠意を持って、きちんと対応する」としか言っていない。品物を全て送らなければ、返金額は宅配料の2400円のみ?一体、この全ての一件は誰の失敗で起こったものだと思っているのだろう。

日本を代表する運輸会社がこの対応ですか。ここまで落ちましたか。

今度、示談書も送りますと添え書きがありました。誰が示談書に合意するんでしょう。一体誰が「示談成立!」と思っているのでしょう。

怒る私に父が落ち着いた声の父が言いました。
「多分、小娘だと思って馬鹿にしているんだろう」
母も、言いました。
「あまり知識の無い旅行者くらいに思っているんじゃないの?」

クロネコヤマトさん、申し訳ありませんが、私は世間知らずのお嬢さんではございません。
今回、あなたの会社、少なくとも担当者、羽田空港の支店長さんは私を怒らせました。

今日は、ホワイトホース、マイナス20度。真っ白な雪をたたえる森を見ながらこのブログを書いております。こういう時は、純粋な自然や薪ストーブの火を見て心を落ち着けるしかありませんから。

2010年12月13日月曜日

Gear Room




韓国と日本へ3週間ほど行っていた間に、友人のセスがアウトドア・ギア(装備)の部屋を完成させてくれた。

私の家で、最後に完成したこの部屋は、これから私のお気に入りになる。
そのために、長い冬を利用して、これから整理整頓しなければ。

ああ、嬉しい。デザインから作成まで引き受けてくれた友人に、感謝。


2010年10月21日木曜日

Bears




ユーコン準州は、日本の1.3倍の土地に人間が3万5千人ほどしか住んでいない。この数字を見るだけでも、ここにいかに手付かずの自然が残っているか、想像がつくだろう。

人間よりも野生動物の数の方が多く、カリブーなど、人1人に対して約12頭の計算だそうだ。昨年はバッファローの数が増えすぎたためハインティングの許可が下り、今年はエルクも解禁になった。それでもきちんとコントロールはされており、ハンティングのライセンスは抽選などで、それぞれの動物に決められた人数しか許可書が下りないことになっている。そう、ここでは、人間と野生動物の微妙なバランスを保つために、色々な工夫がされているである。

ここには、最近日本のニュースで話題になっている熊も人間の数をはるかに越えた数生息している。種類はグリズリーとブラック。グリズリーは体が大きく「森の王様」と呼ばれていおり、ブラックは好奇心が強いため、人前に姿を現すこともある。彼らは基本的にはベジタリアンであり、豊富な木の実や植物の根などを食べる。時々郊外のゴミ捨て場などに現れたり、キャンプ地に姿を見せる熊もいるけれど、人間が熊に「襲われた」という事故は夏のシーズンに1-2件あるかないか位である。

なぜこれだけ熊のいる土地で事故が少ないのか。
それは、野生動物の食糧が豊富な森が広大で、食べ物などを求めて人のいる場所にわざわざ姿を現す必要がないこと。それと同時に、そこを旅する人間も、まずは彼らに「出会わない」ための準備をし、そして「出会った場合の対処法」の教育を受けていることが理由として挙げられると思う。

ここでのカヌーツアーなどに参加したことがある人たちは、ガイドが食べ物はもちろんのこと、歯磨き粉や日焼け止めのクリームなど「テントの中に持ち込んではいけないもの」について話をするのを聞いたことがあると思う。同時にガイドがテント場をきれいに(食べ物のかすを落としたり、食料を放置したりしない)利用することにも気づいたかもしれない。これには、野生動物を刺激しないこと、そして動物に人間の食べ物の味を教えないこと、などの目的がある。

そして、出会った場合にはどうするか、、、。先日、ユーコン政府が発行する「ユーコンの野生地に足を踏み入れる際の心構え」を書いたパンフレットの翻訳を担当した。地元の人間はもちろんのこと、ガイドと一緒に旅をしない旅行者もきちんとした知識を持って野生地を旅し、あらゆる危険性について準備をしておくための指南書である。昔、このパンフレットは英語とフランス語だけだったが、もう10年ほど前に「日本語でも発行してもらえないだろうか」と相談に行ったところ、政府は快諾し、早々に行動に移してくれた。今回は、その改訂版である。政府の意識の高さに感謝である。

このように、普段から熊の話題には敏感な私。日本での事故の記事を読むと気になって仕方がない。私はユーコンに住んでいる人間で、日本の事情をよく知らないので、いくつか読んだインターネットの新聞記事だけで決してその結果をジャッジできない/してはいけないことは理解している。ただ、時々記事を読んで唸ることもあるし、このような事故が起こる前に人間ができることはないのだろうかという気持ちにもなる。もちろん、地元の方々は既に様々な対応策を取っていらっしゃるのかもしれないし、土地の狭さ、人間と野生動物の距離の近さの事情があって、こういう事故が起こり続けてしまうのかもしれない。でも、、、。
昨年だったか、ハイキング・トレイルに熊が出没し、たくさんの方々が襲われた事故があったのを覚えている。混乱した熊は、確か近くの店に逃げ込み、最後は射殺されてしまった。いくつかの新聞を読んだところ、最初に熊が姿を見せた時に、ある人が取った行動は「持っていた杖で叩いた」だったような気がする。知らなければ自然なリアクションかもしれないし、もしかしたら最初から人間を襲うつもりで姿を現した熊だったのかもしれないけれど、もし熊がたまたまそこを通りかかり、偶然人間と出くわしたのであれば、このような行動は熊を刺激するため、最初に取る行為としてはタブーなのだ。

ここで生活する人々の多くは、「熊がいることが前提」で自然の中に足を踏み入れる。だから、前述のように「準備」をする。私も、最初にアラスカを旅した時から、野生動物に対して、彼らの「家」に入ることに対して謙虚な姿勢を持つことを学んだ。

日本も、これだけの事故が起こるのであれば、そういう考えを持ち、教育を始めたりする必要があるのかもしれない(もし、既に行われているのであれば、申し訳ない)。それとも、野生地の少ない日本の場合、人間の暮らす場所に野生動物が存在する、、、という形になってしまう場合が多いのだろうか。長い歴史を持つ日本。きっと今の私たちが学んでいるモダンな知識に加え、昔からの動物に対する知恵やしきたりなどもあると思うのだけれど、、、。ここの先住民が私に教えてくれたように。

海外に暮らす人間として、日本の事情を考える時には、これまたできるだけ謙虚に、、、と思っている。ただ、ずっと心にあったことなので、もし考えがある方とは話ができればいいなと思う。私も日本のことをもっと学びたいと思っているから。

2010年10月2日土曜日

トラベリックス

8月下旬から9月の初旬にかけて、私も現地にて撮影のお手伝いさせていただいた旅番組、「トラベリックス」のユーコン編が今週末放送されます。
10月3日(日)
夜9時
BS日テレ

秋のユーコンの魅力満載かと思います。お時間がある方は是非ご覧になって下さいね!

2010年10月1日金曜日

Talented Friends





私の周りには、「アウトドアジー」な友達が多い。長年カナダに住んだおかげで、その「輪」はユーコン以外にも広がっており、そのおかげでたまに出かける休暇で思いがけない出会いや体験ができることもある。

カナダ最初の冬に暮らしたノースウェスト準州のフォートスミスという小さな町で一緒に犬ぞりのトレーニングを受けたジェイニーとは、もう15年以来の親友。彼女はフォートスミスでの生活以後、アウトワード・バウンド、NOLSと、北米のメジャーなアウトドア・エデュケーション・スクールでカヌー、カヤック、シーカヤック、ラフト、セーリングなど「水物ならなんでも来い」のインストラクターを務め、昨年にはマッサージ師の資格も取得した面白い存在。今回の休暇では、久しぶりにバンクーバー島に暮らす彼女を訪ね、更に彼女の友人であるココのいる、小さな海沿いの町へ出かけた。

ユーコンからは既に「雪!」とのメールが入った9月下旬、飛行機で2時間南に飛んだブリティッシュ・コロンビア州ではまだまだTシャツで外を歩ける。私たちを笑顔で出迎えてくれたココも、やはりNOLSでセーリングを教えるインストラクター。セーリングの技術は、父親から学んだという。気軽に「じゃあ、海に出ようか!」と私たちを誘い、家から車で5分の港からボートに乗り、帆を揚げる。

田舎の暮らしには不便なことも多々あるけれど、自分が愛するものが何であるかはっきっりと分かっている場合、そのフィールドがこれだけ身近にあること、それが生活の一部であることは、たまらなく大切なこと。ココも、そのひとり。3年前に買った海の見える家をゲストハウスにし、そこに宿泊する人たちをセーリングに連れていったり、教えたりしていきたいという夢を持っている。

私の「アウトドアジー」な友人たちには、「夢見る夢子」が多い。夢を語り出すと話が尽きない。でも、彼ら彼女らは、夢とともにそれを実現できるであろう技術と強さもしっかり持っている。

また、いいエネルギーをもらった。

2010年8月9日月曜日

追いつかないまま

アラスカ、シーカヤックの旅のブログもまだ1編しか書いておらず、戻って数日後に友人たちと行ったラピ川へのカヌーの旅の話、両親との旅の話、その他諸々、全くブログに書かないまま、また明日から7日間、バックカントリー・ハイキングの旅へ。今度は、仕事です。仕事だけど、ここ3年間私が熱意を注いでいるプロジェクトで、日本の某大学の学生とユーコンのウィルダネスを歩いてきます。今年も、学生たちが何を生み出してくれるか、またその経験を共有するのをとても楽しみにしています。

明日からフィールドに出るというのに、土日1泊2日でホワイトホースの南西にあるスナフ湖に友人とカヌー+釣り+キャンプへ。戻って早々に洗濯し、ギアを干し、また今宵はパッキング。ユーコンの「夏」も残すところ1ヶ月。全力で満喫しております。

ブログの方は、貯まったネタを今度一気に吐き出させていただきます。
人のせいにするわけではないけど、今寝る前に椎名誠さん著の古い本を読んでおり、常に締め切りに追われる椎名さんが「まあ、いいや」とまたビールを掴みに行く話など読むと、私も「まあ、いいや」とまたカヌーのパドルを掴みに行くのです。そういう、感じです。

2010年7月27日火曜日

Icy Strait 1



カヤックを漕ぎ始めて7日目、ザトウクジラがアラスカで夏一番集まる場所として知られるポイント・ドルフィスに到着。キャンプを張り、朝食後にノンビリしていると、目の前で突然クジラのショーが始まった。
クジラが跳ね上がり、ドドーンという音と大きな水しぶきと共にまた海に姿を消す。その音は、まさに打ち上げ花火。クジラを観察しに寄ってきたモーターボートの前で、尾を何度も何度も海面に叩き付け出だしたクジラ。その回数16回。
目の届く範囲で、数え切れないほどのクジラが跳ね、潮を吹き、ダイビングしながら悠々と泳いでいく。私たちはここに停滞した2日の間、クジラの鳴き声を、彼らが作り出す音を聞きながら、海の広さ、深さ、そこに生息するマリーン・ライフの豊かさを実感しながら圧巻の時を過ごした。

2010年6月28日月曜日

Packing


いよいよ明日、南東アラスカ、Icy Straitへのシーカヤックへの旅に出発、、、ということで、今、旅の最終パッキング中。これから14日間分の装備と食糧を計算し、リストを作り、買い物し、ドライフルーツを作り、、、と結構な時間がかかります。今まで何度となくやってきたことだけど、毎回ちょっとした緊張感があるもの。
服装はあらゆる気候を想定して。セイフティの装備もあらゆる危険性を考慮して。食事はお互いが楽しくて嬉しくなるような工夫したものを。デザートまで、しっかり準備しました。
シーカヤックに積めるだけのミニマムの装備で、マキシマムの楽しみを、、、。あとは、アラスカの自然とクジラがしっかり私たちをエンターテインしてくれることでしょう。
では、行ってきます。


2010年6月10日木曜日

Adventure




Are you doing any trips this summer?
「今年も何か旅の計画がある?」
これは、春先に必ずと言っていいほど交わされる、友人たちとの会話。
4月の私の回答は、「多分ね。きっと何か計画されると思うよ」という呑気なもの。
5月、食事中に友人のSteveから「Icy Straitをシーカヤックで旅しないか?」と提案される。
そして6月、一緒に旅することになった仲間で集まり、計画会議。

こうして、毎年のように必ず冒険ともいえる旅が生まれる。

地図を持ち、私の家に集合した友人たち。
「ここの入り江に1泊して、、、」「ここは外海で風が強いと危険だから、停滞日も一応設けて、、、」と、わずか2時間余りの集まりで、ルート、装備表、食事の計画まで全て終了。なんとも手際がいい。

私がいつも感謝するのは、こういう技術、経験を持った友人たちが周りにいること。彼らに誘われて、こうしてプライベート・トリップで冒険できること。一緒にワクワクできること。

昔、夏といえば、仕事、仕事、仕事。仕事が楽しいからいいけれど、それでもある時、自分がユーコンに住む意味を考え、毎年夏に必ず1本は友人たちと旅することに決めた。自分がここの自然に完全に浸れたと感じるのに必要な期間が最低で2週間。2週間あれば、自然の奥深くまで入り込んで旅ができる。

今年私たちがシーカヤックで旅するIcy Straitは、南東アラスカにあるグレーシャーベイ国立公園の近くで、約10年前に一度ツアーのアテンドで漕いだ経験がある。長期の旅で同じ場所に2回も行くのは珍しいけれど、今回はルートを変え、前回よりも更に長い旅をする。ここは、6月の下旬から7月上旬にかけてザトウクジラがアラスカでも最も集まる場所。10年前、テントで寝ながらクジラが飛び跳ねたり、潮を吹いたりするのを聞いた記憶がよみがえる。

こうして地図を眺める時間にも、想像する間にも、装備表をチェックしている時にも、もう私たちの旅は始まっている。心はアラスカの海に向かっている。

ああ、その前に12年ぶりにカナダに来てくれる両親との旅。今回は母の希望でまずバンフに行き、その後でユーコンとアラスカ。私の家に両親も初滞在です。では、ちょっと、行ってきます。

2010年5月21日金曜日

今季初カヌー




今年はいつもより1ヶ月ほど早く春が来た感のあるホワイトホース。当然初カヌーも例年より1週間早く実現し、先週末友人たちとホワイトホース郊外を流れるユーコン川の支流、タキニ川へ。

まだ岸辺に雪が残る川。パドリング・ジャケットの首を締め付ける感じ。ネオプリンの匂い。ボートを担いだ時の重み。パドルの感触。全てに「来た来た来たー!」と叫びたくなる。

川底が見える、透き通った流れ。エディを見つける度に友人とターンし、「ああ、体がちゃんと覚えてます」ことを確認する。

元々、運動神経も要領もあまり良くない私が、人生の中で唯一と言っていいほど淡々と続けてきたスポーツが、このカヌー(今は、スキーもその候補、、、)。ただ、私の興味は常に「旅」にあり、もっと面白い川、自然の奥深くを流れる川を下るために技術や経験を付けてきただけで、レースや大会とかいったものへの関心は皆無。こうして気の合う友人たちと川の流れを楽しみ、時に下るルートを協議し、挑戦し、ノンビリするのが楽しくて仕方ない。こうした時間を過ごすと、自分の暮らす場所が本当に好きであることを自覚し、感謝できる。

私たちのお気に入りのランチ・スポット。山、川、カヌーを背景にくつろぐ友人たちの姿を見て、自分の居るべき場所はここだよなと感じ、本当に嬉しくなった。

今年も、漕ぎます。

2010年4月29日木曜日

View


この時期、ホワイトホースの日照時間はグングン延びます。

日によっては、1日あたり6分。目を見張る変化です。


ベッドに寝た状態での目の高さに設置したベッドルームの窓。朝、目覚めた時に最初に見る風景。山とスプルースというのは、ユーコンの象徴的な景色です。


一昨日、窓から射し込む光に目を覚ますと、空が真っ赤に燃えていました。

時間を見たら、午前5時。しばらくその色を楽しんだ後、「また、寝付けますように」と目を瞑って祈りました。


毎朝、この風景を楽しみにしています。

ただ、暗くないと眠れない私。夏に向けていつまでカーテン無しでいけるかが疑問です。これは、今年の新しいチャレンジかも!?




2010年4月24日土曜日

The Last Backcounty for the Season












日本から帰って2日目。まだ時差ぼけでダルイ私に届いた友人からのメール。
「ロートン氷河への2泊3日のバックカントリー・トリップにおいで」

日本で美味しいものをたらふく頂いてきた上、運動不足でもある体に、いきなりこの旅はどうか、、、とも思えたけれど、恐らく、これが今シーズン最後のバックカントリー・スキーの機会。しかも、去年から仲間内で話題にでていたロートン氷河。とりあえず「行く」と返事し、土曜から月曜にかけての予定のため、戻ってきていきなりだけれどと、仕事先に1日の休暇を申請。まだスーツケースも片付いていないのを横目に、寝袋などを引っ張り出してザックに詰めこみ、バタバタと出発。

予想通り、下の方はもう殆ど雪がなく、所々スキーをザックに縛り付けて歩かなければいけなかったけれど(これが非常に重いし、森の中ではバランスを取るのも難)、久々に北の景色と空気を堪能。「帰ってきた」実感が湧く。

テクテクとスキーブーツで、スノーシューで、スキーで歩き続けて8時間。目的の氷河はどっしりと構えた姿で私たちを待っており、所々キラキラと青く輝いていた。

日本で、「ユーコンは日本の面積の1.3倍で、そこに人口が3万人ほどしかいないんですよ」と繰り返し話をしてきた私。でも、このスケールと感覚は、やはりここに実際に自分の身を置いてみないと分からないかもしれないと思う。

これで、名残惜しいけれど今シーズンのスキーは終了。次は、ロードバイクを引っ張り出し、その次がマウンテン・バイクで、5月下旬にパドル、、、。夏がやって来ます。

2010年2月25日木曜日

発展途上

今、寝る前に読んでいるのは小澤征爾著の「僕の音楽武者修行」。
音大を出た小澤さんがスクーターと共にヨーロッパに渡り、フランスで生活しながら指揮者としてのキャリアを築き始めるところから物語は始まります。

以前、沢木耕太郎さんの本の中で、「自分より若い人の書いた本を読まない」というようなことが書いてありましたが、考えてみたら、私もそう。ただ、だからと言って私は、色んな分野で活躍していたり、大成した人々のその成功の話ではなく、その人たちが若かりし頃に悩み、模索し、行動を起こしていったその「過程」を読むのを好みます。

野田さんの本で一番好きなのは「新 放浪記」、植村さんは「青春を山に賭けて」、沢木さんは「深夜特急」。立花隆の「青春漂流」も大学を出る頃に夢中で読んだ記憶があります。

植村さんを題材にした映画でも、演じているのは西田敏行にも関わらずすっかり感情移入し、植村さんが「僕も皆みたいに仕事を持って生きていった方がいいのか」というような台詞を言った時には、「植村さんみたいな人でも悩んだんだ」と、若かりし当時、「アラスカに、北に帰りたい」という思いと、就職した方がいいのだろうかという迷いの狭間にいた私は、もう涙が止まらなかったのを覚えています。

しかし、そんな「悩める時代」をとっくに通り過ぎているべき(「べき」という言葉はあまり好きではないですが)年齢に達しても、相変わらず発展途上のストーリーに魅力を感じ、「うん、うん」と頷いている私は、どこかまだ成長しきれていないのか、、、。高校時代に先生に言われた「熊谷は夢見る夢子だから」という言葉が思い出されます。

もっと合理的に、賢く、ちょっと計算して要領良く生きなきゃと思いつつ、、、。
昨年、沖縄を旅した際に出会った波照間島に暮らすおじさんの言葉。「自分の本質に逆らっては生きられないんだからな」。

「自分」と「自分の芯」にもう少し自信と信頼を持てたら、また、昔のようにふっ切れるのかもしれません、ね。

*それにしても、ハードコアな「男の人生」ばかり読んでますね、私は、、、。本棚に、女性作家の書いた本が殆ど無いというのも、いかがなものでしょうか、、、。

2010年2月13日土曜日

Olympic

いよいよ、始まりますね。
正直、普段はあまりこの手のイベントに縁がない私。前回の冬季オリンピックなんて、一種目も見ていないかもしれません。大きな理由のひとつは、TVを持っていないこと。だから、いつもはせいぜいメダルの数を新聞で知るくらいです。

でも、今年は少々状況が違います。新しい家には初めて購入したTVがあるのです。もちろん、冬に映画(DVD)を見るためだけが目的なのですが、丁度、地元のケーブル会社が私の家を建てたエリアに6ヶ月間の「フリー・ケーブルTVサービス」をオファーしていたものですから、これからの6ヶ月間はTVも見ることができます。ケーブルを繋ぎに来たお兄さんが「今までTVを持ったこともない人が、なんでケーブルを入れることにしたの?」と聞いてきたので、「無料だから」と正直に答えた私に苦笑。この辺のちゃっかり根性は抜けておりません。

というわけで、今年はバンクーバー開催ということもあり、いつもよりオリンピックに興味が沸いております。本当は通訳か何かの仕事があれば、現地に行ってボランティアでも、、、と思っていたのですが、ボランティアをするにしろ、自分で住む場所を確保しなければいけないという条件を知り、あきらめました。ので、家で大人しくTVで楽しみます。

私の友人たちの間でTVを持っている(ケーブルを持っている)のは私だけ。友人たちも「時々、見に来ていい?」「Olympicの間は、Yoshiの庭にキャンプしようかな」と、まるで初めて近所の家にTVが入った時代のようなノリになっています。

応援するのは、もちろん日本とカナダ。楽しみですね!

*ところで、私のTV、Samsung製です。こちらに住んでも電化製品は日本製、、、をモットーにしていた私が色々な事情でSamsungを購入することに。お店の人にも「SonyよりSamsung」と言われ、学生時代に、特にSonyを拝むような立場にいた私には、ちょっとショック。友人たちの会話でも、「部品まで自国で作っているのはSamsungくらい。TVはこのブランドがベストだ」とのこと。今回のToyotaの件といい、海外での日本製の製品に対する信頼性(Toyotaなんて、「故障しない」という伝説めいたものがありましたから)がちょっと失われてきているのが悲しい。オリンピックだけでなく、製造業分野でも、「頑張れ、Nippon!」と言いたいところです。

2010年2月9日火曜日

Backyard


















週末は、ホワイトホースから車で約30分の郊外に住む友人の家に遊びに行き、彼らの「裏庭」でスノーシューを楽しんできた。

その「裏庭」の風景は写真の通り。彼らの持つ土地の広さは15エーカー(日本では何に換算するのが一番分かりやすいのだろう、、、。坪だと18,363坪)だけど、だからといって彼らの敷地が柵に囲まれているわけではない。彼らの家の辺りには、彼らが作ったスノーシュー・トレイルが延々と延びており、昨日散策したループは、周るのに1時間半かかった。



「昨日は、リビングの窓の下にムースの親子が遊びに来ていてね、、、」リンの話を聞いていたら、案の定足元にフレッシュなムースの糞。



写真家のポールが立ち止まって何か真剣に撮影していると思うと、そこにはリンクス(オオヤマネコ)の足跡。ここに10数年暮らして、まだリンクスの姿を自然の中でみたことがない私。ポールは「この辺りには今約8匹いて、時々姿を見かけるよ」と言う。遠い湖まで延びるその足跡を見て、力強い手足で慎重に、そして自由に歩き回るリンクスの姿を想像する。



スキーで冬の森を駆け抜けるのもいいけれど、こうしてスノーシューを履き、ゆっくりしたペースで森を散策すると、いつもよりそこに暮らす動物たちとの距離が近く感じられる。



2月上旬にして+1度。透き通った青空の下、笑顔の日曜日を過ごした。

2010年1月26日火曜日

Today

いつも、楽しいこと、好きな友人たちのこと、きれいな場所、感動した瞬間、、、と、ポジティブなことばかりをブログに書くけれど、生きていればやはり辛いこともたくさんある。

よく、ここの友人と話すのは、「人とのコミュニケーションは人生最大のチャレンジ」だということ。一時期、特に大学時代は、自分の好きな空間で好きな友人とだけ付き合っていればいいこともあった。でも、今はそうもいかない。地域に関われば関わるほど、人間関係は広がり、そこには出会いの喜びもあるけれど、そうでない挑戦も生まれる。

今日、心にずっしりくる出来事があった。
その相手が、何故私に今、そのメールと写真を送ってきたのか、いくら考えても分からない。私が逆の立場だったら、絶対にしないこと。受け取る相手の気持ちを考えれば、絶対に送らないメール。意図的に、心を傷つけるために送られたメール。人は、場合によってこんなにクールになれるものか。

自分に無い、いいものを持つ人に出会うと、もっと知り合いたいと思い、そういう部分を学べればと思う。小さなステップかもしれないけれど、自分の弱点、改善すべき点もある程度認識し、自分を磨くために努力しなければという気持ちは持っている。だからこそ、今日のような出来事が起きると、これは自分のカルマなのか、一体自分が何をしたのだろうと疑いたくなる。

落ち込む私を見て、友人のディランがスノーシューに行こうと誘ってくれた。自分が見つけた秘密の渓谷を見に行こうという。夕焼け空の下、1時間ほど森を歩くと、そこには沈んだ心にも響く風景があった。「私、ちょと叫ぶから」。目の前に広がる山に向かって、お腹の底から叫ぶ。きれいな景色に向かって言う言葉ではないかもしれないけど、雄大寛大なユーコンの森はきっと許してくれるはず。ちょっと、スッキリした。

前を向いて行くしかない。

2010年1月19日火曜日

Powder













快適な家を建てたから、これからの週末は家で薪割りしてれば満足、、、というわけにはやはりいかない。

雪不足に苦しんでいたユーコンにも、ようやく冬の女神が降りてきた。先々週末のドカ雪を受け、早速友人たちとユーコンとアラスカの国境があるホワイト・パスに1泊2日のウィンターキャンプ、パウダースキー三昧に出かける。

どっさり雪が積もったスプルースの森は、深々とした静けさ。微妙なバランスで雪をたたえる枝はそれぞれに個性を持った姿をし、いくら眺めていても飽きない。ウィンター・ワンダーランドに、私たちは吸い込まれるように足を踏み入れる。

今年初のバックカントリーで、息を切らしながらもグングン登る。タフな友人たちが先頭を切って雪を踏み固めてトレイルを作ってくれる。雲が切れ、雪山が顔を出す。「私たちは、何て美しい所に暮らしているんだろう、、、」私がしみじみ言うと、シャノンが「Yoshiはいっつも自然に感謝感嘆するよね」と言って笑った。そう。ここに何年住んでいようが、この景色を何度見ようが、その瞬間瞬間、自分がそこにいることに感謝せざるおえないほどに、ここは美しい場所だと思う。

そして、その場所を更に素晴らしい場所にしてくれるのが、こうして一緒に冒険できる友人たちがいること。写真でも分かるように、寒かろうが、ちょっと不便だろうが、皆、いつも笑顔。自分が好きなことをしているのだから当たり前かもしれないけれど、やはり皆でこういう楽しい空間を作り出せるのは、それぞれがポジティブで、それなりの経験と自信と目的があるからだろうと思う(いや、私のスキーの腕の話ではないけれど)。
ジョージが、「脚が痛いー」と叫びながら滑り降りてきた私に聞いた。「How's your life?」「Just lovely」

幸せは、シンプルな場所と瞬間にある。私は、そう思う。