2009年11月30日月曜日

薪ストーブ







日本から戻り、時差で眠れない夜を過ごした翌朝、友人の電話で起こされました。

「頼まれていた薪、もう準備できてるけど、今日、配達に来ていいかな?」

はいはい、そうでした。日本に出る前、確かにこの友人に薪を注文していました。新しい家には薪ストーブが入るのですが、土地を切り開く際に切った木はまだ乾燥していないため、今年に限っては薪は買うしかないのです。

一気に「ユーコン生活」に引き戻された瞬間。ベットから起き出し、作業着のカーハーツを履くともう1ヶ月前の私。前日、千葉の友人宅で「最近お肌が、、、」と柄にもなく相談していた私は何処へやら、、、。

家の建築現場に行くと、トラックの荷台いっぱいの薪と共に笑顔で待っていた友人。早速「この薪はさあ、、、」と薪自慢。面白い。一緒に荷台から薪を地面に放り投げ、友人が去ると、今度はそれをきれいに積み上げる作業。乾いている薪は比較的軽いものの、それでもこれはひと作業。でも、地面に放っておくと湿気で薪が燃えにくくなるため、これはどうしてもやるべき仕事なのです。

とにかく、1ヶ月近く留守にしていた私には、家での仕事が山積み。自分の家の建築にはなるべく関わりたいからと、自分でオファーしたことなのですが。

で、最初に取り掛かったのは、薪ストーブを置く土台作り。友人宅で見た手作りのそれが気に入り、真似をすることにしました。まずは石屋さんで売り物にならない石を安価で売ってもらい、それを金槌で砕く。砕いた石で、モザイクを作っていく、、、。大工仕事は得意ではないけれど、これは非常に面白かった。で、翌日、友人のセスが来て、石の固定をしてくれました。私が学べるように、きちんと指導しながら、、、。さすが、本業はガイド?!で、2日後に完成。ここにもうすぐ、薪ストーブが入ります。

煙突がないと、サンタさんが来れませんからね、、、。これで、何とか間に合いそうです。

2009年10月27日火曜日

家族

ワイオミングから戻って2週間。またまた、機上の人に。
今回は、日本と韓国。

仕事の合間に休暇を取らせてもらうのですが、今回は、それも少し特別なものになりそうです。

姉から、父がいよいよ仕事を辞めるのだと連絡が入りました。記憶のある限り、父は平日は毎日ネクタイをし、自分の淹れたコーヒーを楽しんでから、バックを持って後ろから歩く母に見送られて仕事に出かけていました。夜6時半には帰宅して家族と食事をし、8時頃、私たちがそれぞれ勉強部屋に行く頃には、自分の部屋に入って本を読みながらクラシック、もしくはジャズを聴くひと時を楽しんでいた父。週末は私たちを連れて山へ行くことが多く、私の自然好きは父から受け継いだものだと信じています。バンガローで聞いた、大学の登山部時代の思い出話。普段はあまり食べさせてもらえなかったインスタントの焼きソバ「UFO」や「豚骨ラーメン」が、山に行く時だけは解禁で、小川の側で、ガス・ストーブでお湯を沸かし、3分待って食べたランチの味(!)は今でもよく覚えています。

今まで、何十年と続けてきた生活のリズムを変えるというのは、どういうことなんだろうと考えています。私なんてリズムを外してばかりだから、それが当たり前だけど、きっと父のような人にはとても特別な出来事なのだろうと思います。そして、もちろん母にとっても。

娘二人が途中で留学だ、冒険だと海外に飛び出し、恐らく想定外の出来事も数多くあったであろう二人は、それでもいつも寛容に(というのは、娘から見た勝手な見方で、本人たちが内心どう感じていたかは、、、ですが)私たちを見守り、私たちが「帰ることのできる場所」をしっかりと守り続けてくれている両親に、深く感謝。今度の帰省では、いつもより少し特別な家族旅行ができることを楽しみにしています。

2009年10月19日月曜日

Canadian Thanksgiving in Wyoming











NOLS (National Outdoor Leadership School)の表彰式から無事戻りました。

スピーチはとてもとても緊張したけれど、普段からお世話になっている人、サポートし続けてくれている友人たちにオフィシャルな場で感謝し、そしてNOLSという団体に対して私の敬意を表すいい機会になりました。

式では、私におめでとうと声をかけてくれた男性がイエール大学の教授だったり、私と同じ部門で表彰された人が今はNASAの宇宙飛行士になった人だったりと、この学校をサポートする人や卒業生の活躍する分野の幅の広さを感じました。

今回は、カナダ人のインストラクターとスタッフの友人のうちの3人がワイオミングにいたため、後日、皆でアメリカ人のスタッフも招待し、Canadian Thanksgivingの晩餐を催行(アメリカのThanksgivingは11月)。七面鳥や数々のベジタブル・ディッシュ、そしてパンプキン・パイという秋の収穫を祝うTraditionalなメニューでゲストを歓待しました。


NOLSのセレモニーでもそうだったのですが、なんだろうなあ、生き方や自分の好きなこと、情熱を感じることについて似たコンセプトを持つ人が集まると、こんなにも団結しやすく、楽しいものか、、、ということを今回の週末に感じました。この私のNOLSの輪には、他の友人関係とはまた違う、独特のベースがあるように感じています。皆、どこか「似たもの同士」。顔を合わせれば「What's next?」「Where have you been lately?」の世界。自分の好きなライフ・スタイルを守るためにこういう仕事を選び、動き続ける、「Free Spirits」が渦巻く世界。「いや、私は定職あるし、もうユーコンに10年以上住んでるし、、、」と言っても、「いや、Yoshiはone of usだ」と引き戻される。そうなんだよな。合うんだよな。自分の本質に逆らっても仕方ないかと認識し出した今日この頃、、、。


タイトルはCanadian Thanksgivingだったのに、随分と内容がずれてしまいました。ではでは、オーブンで7時間。こんがり焼けた七面鳥の写真をお楽しみ下さい。

2009年10月8日木曜日

ご褒美

昔から、あまり「表彰状」系には縁が無かった私。今まで、個人的にどういうことで表彰された経験があるか考えてみると、、、小学校6年間虫歯無しの「よい歯で賞」と中学校3年間の皆勤賞位でしょうか。どちらも、両親にもらった丈夫な身体と、大切に(そしてある意味厳しく)育てていただいたからこそもらえた賞であり、特に自分に何か特技があったから、というものではありません。ああ、そうだ。中学2年の時に主張大会で川の環境保護を訴えて優勝しましたかね。でもこれもまた、別に何というわけではなく、ただ主張が強いが故のものです(なんか、こうして並べてみると、変わってないんだなあ、私は)。

そんな私が、今回、久しぶりにご褒美を貰うことになりました。それも、自分が尊敬し、大好きな団体から。

もう5年前になりますが、National Outdoor Leadership School(NOLS)という、アウトドア・エデュケーションの世界では有名な学校のコースを奨学金をもらって受講したことは、以前ブログでも書いたかと思います。32日間のホワイトウォーターのカヌー・コースでした(32日間野生地でキャンプ生活、、、というのは私にも初めての経験でしたね、、、)。コースを受講する前から、私にはこの学校でインストラクターをしている友人が数名おり、彼らから「Yoshiもコースを受けるべきだ」と勧められたのがきっかけでした。そしてその自身の経験からアウトドア・エデュケーションへの興味、理解が膨らみ、その後、自分のライフ・ワークとしてアウトドア・エデュケーションを広めるために活動していることについて、今回NOLSからご褒美をいただくことになったのです。正直、寝耳に水だったのですが、どうやら私のNOLSの友人たちが私のことを推薦してくれたようです。

ということで、NOLSが彼らの本部であるアメリカ、ワイオミング州のランダーという町での表彰式に私を招待してくれることになりました。ブラジルの旅の荷物の整理もままならぬまま、明日、また飛行機に飛び乗ります。ランダーでは私の友人たちも待ってくれており、週末はターキー(七面鳥)を調理して、アメリカでですが、「Canadian Thanksgiving」のお祝いもする予定。楽しい週末になることを期待しています。

ホワイトホースの町でも、もう数回雪が降りましたが、ランダーでは既に60cmほど積もっているとか。それでも、少しの期待を込めて、ハイキング・ブーツはしっかりパッキングしました。ということで、またまた行ってきます。

2009年10月3日土曜日

BRAZIL


ブラジルから、無事戻りました。

久々に、「気の合う国」と出会った感じです。

正直な気持ちを書くと、今まで、幸運にも色んな国を旅し、たくさんの素晴らしい景色に出会ってきました。その中で、自分の心に一番衝撃を与えた場所に今、暮らしています。そこは、世界でも稀な本当に手付かずの自然を擁した所であり、自然についていうならば、自分の中ではベストとも言える場所です。それだけに、今、自分がユーコンの外を旅する時に求めるものや感動するものというのに変化が生まれました。それは文化であったり、人であったりします。

そして、今回のブラジルで一番感動したのは、「人」でした。ブラジル人の明るさ、寛容さ、正直さ。最初のタクシーで出会った片言の英語を話すオジサンから、ウェイター/ウェイトレス、ポサダ(朝食付の安宿)の管理人、学生、仕事相手まで、私の今回の滞在を明るく、楽しいものにしてくれたのはブラジルの熱い太陽と澄んだ青空以上に、彼らでした。

私が「人」に重点を置いて土産話をするので、カナダ人は「どうやってコミュニケーションを取ったのか」と聞きます。言葉について言えば、私はポルトガル語は?なので、英語と、少しできるスペイン語を駆使したのと、ポルトガル語を少しでも使おうとする努力を見せること、そしてジェスチャーによるコミュニケーションと勘は、今までの旅で培ってきたものですが、しかしそれ以上に大切だったのは、ブラジル人の私を理解しようとしてくれる優しさと大らかさでした。

そして、なんでこんなに自分が居心地がいいのか考えていた時に出会ったイギリス人(ブラジル在住)からヒントを得たのですが、サン・パウロは確かに日本からの移住者が多く(日本以外で日本人在住者の数は世界一の市であるとか、、、)、まずサン・パウロ滞在中は確実にブラジル人に見られたこと。他の都市にいる時にも「サン・パウロから来た旅行者」と見られ、とにかくどこに行っても私は「ブラジル人」。それで自分の存在にあまり違和感を感じなかったこと、それ故に私がポルトガル語を話せないと分かった時の驚きと可笑しさが手伝い、とにかくどんな人にも優しく接してもらえました。

今まで、南米ではチリ、アルゼンチン、エクアドルと旅した経験がありますが、どこに行ってもアジア人は比較的珍しく、特に小さな町へ行くと私は「中国人だ!」と指を指される存在。決して悪いことではないのだけれど、常に旅行者であることを意識(実際そうなんだけど)していないといけなかったのですが、今回のブラジルでは、そこの部分で、肩の力を抜いて旅ができたし、またブラジルの人々との距離を近く感じることができたです。

本や映画などで知っている世界と、自分が実際にそこの空気を吸い、道を踏みしめ、旅をして学び、感じる世界の違いと興奮と緊張感。これがあるから、私は旅が好きなのだと改めて実感。またまた、いい経験をさせてもらいました。

ユーコンの友人には「ここの太陽を持って帰るから」と約束していたのですが、今日、10月2日、ホワイトホース市内では初雪が降っています。いよいよ、長い冬の到来です。。。






2009年9月7日月曜日

年月

本当に不思議な巡り合わせで、14年前、私がユーコンに移って来たときに最初に出会った日本人のTomoさんとホワイトホースで再会した。

「Yoshiは全然変わってない」という彼のコメントが外見のことなのかどうかは不明だけど、「相変わらずストレスの少ない生活してるから」とだけ答えた。でも、私よりも変わっていないのはTomoさんで、昔と変わらずソロでの登攀を続けているらしく、その顔はこれ以上無理?というくらいに日焼けしていた。

Tomoさんは、私が植村直巳さんに感化され、憧れ、アラスカを旅し、結果ユーコンに来たことや、犬ぞりを学ぼうとノースウェスト準州にひと冬移ったなど、私がここに来たばかりの頃の言葉や想いをよく覚えていてくれた。

あの頃は、働いていたカヌー会社の庭にいると、毎日のように同年代の「面白い」日本人がフラリと立ち寄り、旅の話をし、時には私の家でご飯を食べていった。皆、植村さんや野田さんの本を読み、影響を受けて北へ冒険に来た人たちだった。南米から自転車で上がってきて、ホワイトホースで安いカヌーを買い、そのまま自転車も乗せてアラスカを目指していった人。アンカレッジからやはり自転車で旅してきて、これからチリまで行くのだという人。野田さんと同じような白い帽子を被り、野田さんがそうしたようにマイ・フェザークラフトを担いでカヌーを楽しみに来た人、、、。

最近は、ここでこういう「冒険の途上」にある日本人にあまり出会わなくなった。世代が変わり、ただ私が会わないだけかと思っていたら、14年来の知り合いであるカヌー会社のオーナーも同じことを言ったので、きっとそうなのだろう。だから、久しぶりにあったTomoさんが相変わらずで、山の話になると熱く語りだすのを見て嬉しかった。

14年。町に日本食レストランも、スターバックスもウォールマートも無く、代わりにユーコン川のほとりにアーティストたちが多く住み着いていた古いキャビンの集落、「シップヤード」があり、今よりもっとフロント・グラスにヒビの入ったトラックが多く往来していた頃のホワイトホース。私やTomoさんにとっての「古き良き時代」。私も、ここでそんな思い出話を語れるようになった。

14年もこの町で、毎日のようにグレイ・マウンテンを見上げ、ユーコン川の力強い流れの側で暮らし、そして今でもその景色を本当に好きだと思えることを嬉しく思う。

と、ユーコンをシミジミ語りつつ、突然ですが今週からブラジルに行ってきます。また、3週間後に戻ったら、報告します。では、、、。

2009年9月4日金曜日

Curious Mind








また、ひとつ歳を取る。自分の生活を冷静に見つめ直してみると、歳を重ねていることに、なるほど、ナルホドと納得することもあれば、何故こうなんだろうと首をひねってヒネリマクルしかないこともある。

でも、もし、20代前半からひとつ変わっていないものがあるとすれば、恐らく旅への強い好奇心だろう。大学3年の夏、初めての海外、初めての独り旅で訪れたアメリカ。足元に広がるグランド・キャニオンを見渡していたところ、60代くらいのおばあさんが私に近づいてきて、尋ねた。「あなたは、今日どんな方法でここを楽しんだの?」「足で」「そう。私もね、30年前は、歩いて渓谷を下りた。でも、もうこの歳ではそれもできないから、今日はバスで観光したのよ」

私が、以後、バックパックを担いでの旅を始めたのは、この言葉との出会いがあったから。「体力と、気力と勇気がある今だからこそ、今しかできない旅をしよう」

その想いは、今でも続いている。だからこそ、私は人力での旅に魅力を感じ、パドルを持ち、スキーを履き、バックパックを担いで自然にアプローチする。

今年の夏の友人たちとの9日間のアラスカ、プリンス・ウィリアム・サウンドでのシーカヤックでの旅。旅の前の装備や食糧の準備から始まり、海では地図を読み、ラジオで天候をチェックし、風雨の中パドルを漕ぎ続け、氷河の壮大さや目の前に広がるレイン・フォレストの瑞々しさに感動し、テント場で歌い、大声で笑う。これは全て、好奇心が導いてくれること。好奇心があるからこそ、私は青く光る流氷にアプローチし、氷をすくって口に含んでみるのだと思う。

この好奇心だけは、歳を重ね、いつか生活や旅のスタイルが変わっても、変わらずに持ち続けていられたら、、、と思う。