2012年1月15日日曜日

Memories

明けましておめでとうございます。

12月下旬からマイナス5度前後の暖かい(?)日が続き、しっかり外遊びを楽しむ日々が続いていたのですが、金曜の午後、マイナス5度からいきなりマイナス20度まで気温が落ち、週末の今日はマイナス36度、体感温度マイナス43度という、恐らく日本の皆さんには想像を絶する寒い1日になっています(これから1週間くらい、この寒さが続くらしい)。ということで、今週末は久しぶりに大人しく家でインドア生活しております。

部屋の掃除やら、貯まった請求書などの整理を一通り終えると、前回日本で入手してきた新しい本を物色してゴロッとソファーに横になり、読書の時間。今回は高野秀行著「ワセダ三畳青春期」。最初の数話で既に「ブハハハ」と何度か声を上げて笑うことに。昔から、こういう「貧乏生活ネタ」は好きなジャンル。身に覚えがある、妙に共感できる、そういう理由がああるからなのですが。

例えば、大鍋にカレー系のものを作って、とにかくそれが無くなるまでひたすら食べ続ける話。私も学生時代に当然やっていました。そして今だって、全くそうしない訳ではありません。一度鍋に何かを作ると、それから3日ぐらいのランチと夕食はそれが基本になります(学生時代は1週間くらいはそれで食べ繋いだ記憶が、、、)。私も著者同様、それで「飽きる」ということはありません。最近はディープフリーザーも購入したので、「そうか、残りは冷凍保存すればいいのか」ということにも気づいたけれど、こういうものは一度自分の視界から外れると(例えば、冷蔵庫を開けた時にドーンとそれが目の前に無いと)、私の場合結構危険で、すっかり忘れ去り、1年後にフリーザーバーンを起こしたその物体を発見して反省する(というか、勿体ないと思う)ことになってしまうのです。

著者同様、旅の資金作りのために生活費を切り詰め、バイトしたお金はとにかく貯金していたあの時代。そういう生活をどこかで面白がり、しかし良くも悪くもいつの間にか体に染み付いた節約癖。私の場合、当時、同じタイプがあまり周りにいなかったけれど、こうして10数年後に誰かの学生時代の話を読んで「そうそうそう」と頷くのもまた楽し。

今日は、久々に自分が旅の途中で出会った人々のことも思い出しています。ニュージーランドのユースで、私にラーメンとお米を分けてくれたあのお兄ちゃん(同年代でしたが)。2週間後にまたバッタリと別のゲストハウスで再会した時、私がもらったお米をチビチビと食べながら未だに持ち回り、それにただラーメンを買い足して食べ繋いでいるのを見て「進歩ないなあ」と笑った彼。彼なんて、今頃どこでどうしてるのかなあ、、、。ああ、懐かしや。

2011年12月25日日曜日

Happy Holidays!


カナダは今日24日からクリスマス休暇が始まりました。これから1月2日までの9日間は、食べて、飲んで、お喋りして、スキーして、、、の繰り返しが予想されます。

カナダの人々にとって、クリスマスは1年の中でも大切な祭日。ホワイトホースの空港もここ数日は家族の元に帰る人、帰ってくる人でごった返していました。

明日は、私も初めてターキーを料理する予定。冷凍されていたターキーは、既にここ3日ほど冷蔵庫の中で解凍中。今から楽しみです。

私にとっての2011年は、2月のコロラド川/グランドキャニオン遠征に始まり、6月のウェストコースト•トレイルでのハイキング、7月のヌナブット準州でのガイド(北極オオカミ、シロクマ、そしてジャコウ牛との出会い)、そして友人たちとの長年の夢であったファース川遠征の実現と、冒険には事欠かない1年でした。

同時に、今年は日本のことを強く想う1年でした。ここに暮らして16年。こんなにも自分と日本との距離や存在、意味について考えたことはありませんでした。そして、これからも復興に向けて、遠いからではありますが、想い、願い続けていきます。

皆様もよい新年をお迎えください。
来年もどうぞ宜しくお願いいたします。

熊谷




2011年11月20日日曜日

Aurora Tour, 2012

重い重ーい腰を上げ、とうとうオーロラツアーを作りました。

しかし、そこにはやはり、地元Sweet River Enterprises(SRE)らしさを組み込ませていただきました。そう、ロッジやホテルに宿泊してではなく、「ユーコン人宅にホームステイ+オーロラ」です。ホストはSREのカヌーツアーでお馴染み、そして人気のフィリップの家庭。私の目から見て「ホワイトホース1番」の絶景を持つところにある彼らの家で、英語、フランス語のバイリンガルの家族と暮らしながら、湖と真っ白な山々をを眺めるユルツに滞在しながら、元フランスのナショナル•スキーチームに所属していたフィリップからクロスカントリー•スキーを学びながら、オーロラを待つという案はいかがでしょう?詳しくは、以下のサイトをご参照くださいませ。
http://www.yukonriver.com/trips/aurora.html

2011年11月19日土曜日

帰宅

日本を発ち、まだ紅葉が若干見られるバンクーバーで1日を過ごしてホワイトホースに戻ると、そこは吹雪とマイナス20度の世界。マイナス20度でも、吹雪いてますから、体感温度はマイナス32度。最後に滞在した九州との気温差、約40度。飛行機を下りた瞬間、「うわああ」。ちょっと「バンクーバーらしい」格好をしていたのも忘れ去り、早速上着を重ね着してボコボコに。ユーコンに戻った以上、洋服の組み合わせを気にする生活は終わりを告げ、「暖かいのが一番」に。それにしても、ユーコンの空気のなんと「ツン」としたことか。

空港に3週間駐車していた車はすっかり雪に覆われ、エンジンをスタートしたら「ウィンウィンウィン」となんとも頼りない音を立てる。2−3回トライしてやっとかかり、ほっとする。エンジンを温める間に、積もり積もった雪を払う。ああ、私の一張羅のロング•ブーツももう雪まみれ。

家に帰ると、アレンジしていた通りに友人が車道の除雪をしておいてくれた。デーン、「ありがとう!」。

しかしながら、階段もどこもかしこも、雪に覆われまくっている。そこをガラガラとスーツケースを転がして歩く。でも、上手く転がらないから、途中から担ぐ。ここではやはり、腕力が必要です。

ちょっとヒンヤリした家。薪を運んで火を入れて、やっと一息。

空港から家までの一連の行動を思い出し、48時間前までいた日本での生活からの一変ぶりに可笑しくなる。ユーコンに、そっと「ただいま」とつぶやいた。


2011年10月18日火曜日

Thanksgiving




1週間遅れでサンクスギビングの話題です。
ここ最近、Facebookのアップデートの手軽さに、ブログを書くペースがスローダウンしております。

さて、今年のサンクスギビングの週末は、土曜のステーキ•ディナーに始まり、日曜、月曜と2晩連続でターキーディナーに招待され、もう、これでもか!というほど食べてきました。
招待され、と言っても、こちらではホストがメインのターキーを調理し、後の付け合わせは持ち寄りすることが殆ど。私も先週末は毎日、サンクスギビングの定番メニューのパンプキンやサツマイモと向き合っていました。

最近、炭水化物の食べ過ぎに気をつけている私。連日のパーティーでの「ポテト」攻めに立ち向かうため、パーティーの前にはきちんと毎日走りに行きました。しかし先週末は、ホワイトホースの町に初雪が降り、景色が一変。一気に冬モードに突入し、トレイルを走る際も滑らないように慎重に。

冬の到来と共に、週末の日課の薪割りも始まりました。しかし、これら全てのユーコンでの日常を後にし、来週私は韓国と日本へ出発します。日本はまだ、暑いんでしょうね。日本に行くと、美味しい食事をたくさんいただくのが常。今年はランニング•シューズもスーツケースに詰めていこうと思っています。でもなあ、、、赤坂のホテルの前から走り始める勇気は、いつも田舎者の私にはないんですよねえ、、、。困った。


2011年9月25日日曜日

Smoked Salmon



生まれて初めて、スモークサーモンを手作りしました。やったあ、、、。

この作業には結構な時間をかけました。まず、先月アラスカの川まで2泊3日で釣りに行って数匹をゲット。その後、友人たちと共同で大量の(総量、450キロ!)フレッシュ•サーモンをアラスカから直接空輸し、私の仕入れ分である35キロものサーモンを3時間かけて下ろし、冷凍。

スモークには、サーモンを塩と砂糖に漬け込む時間を入れると、2日かかりました。もうこれからは、お店に並んでいるスモークサーモンが少々高くても、文句言いません。

でも、自分たちが食べるものを、こうして時間をかけてプロセスするというのは、なんとも満足感のある体験でした。自然や食べ物に対する理解や愛情が深まり、また感謝の気持ちも芽生えます。ユーコン人は今、秋の収穫シーズンに入っていますが、ムースを仕留めて解体するのも、クランベリーやブルーベリーを森に入って摘み取るのも、こういうことなのだなと感じました。

明日は、友人とクランベリー•ピッキングに出かけます。今年買った中古のディープ•フリーザーは、既に秋の恵みでいっぱい。嬉しい限りです。


2011年9月14日水曜日

価値


5年ほど前、私の1987年物、走行距離285,000キロの愛車、Toyota Tercelを500カナダドルで売り(約4万5千円)、その錆びた車体やヒビの入りまくったフロント・グラスの状態を見たことのある日本の家族、友人に驚かれたことがある。「日本じゃ、お金払って引き取ってもらう代物だけど、、、」

しかし、このような「もう、いつ動かなくなってもおかしくない」車の売りの相場は500ドル、というマジック・ナンバーが私の頭にはある。先日も、友人のクラッチが故障した1990年代前半のToyota車が500ドルで売れた。これを買った方の友人は、自分で修理して今もう運転している。世界のToyota、信頼できるToyotaは、こちらでは300,000キロまではいけると噂で、まだキロ数が残っていれば500ドルは惜しくない額なのだ。

しかしながら昨日、友人の弟が車を売りに出し、その大胆さは私の常識を超えた。

1982年のDatsunトラック。走行距離は137,000と確かに低い。宣伝文句が凄くて、「クールな木のパネル付きで、状態良好」。木のパネルって、これ、お洒落のためなんだろうか、、、
これで、なんとお値段「ベスト・オファーの2,500カナダドル!(約24万円)」

参りました!

*Sweet River Enterprisesの Facebookページ、始めました。ファンが増えたらもっと張り切って更新すると思うので、良かったらサーチしてみて下さい。