2009年9月7日月曜日

年月

本当に不思議な巡り合わせで、14年前、私がユーコンに移って来たときに最初に出会った日本人のTomoさんとホワイトホースで再会した。

「Yoshiは全然変わってない」という彼のコメントが外見のことなのかどうかは不明だけど、「相変わらずストレスの少ない生活してるから」とだけ答えた。でも、私よりも変わっていないのはTomoさんで、昔と変わらずソロでの登攀を続けているらしく、その顔はこれ以上無理?というくらいに日焼けしていた。

Tomoさんは、私が植村直巳さんに感化され、憧れ、アラスカを旅し、結果ユーコンに来たことや、犬ぞりを学ぼうとノースウェスト準州にひと冬移ったなど、私がここに来たばかりの頃の言葉や想いをよく覚えていてくれた。

あの頃は、働いていたカヌー会社の庭にいると、毎日のように同年代の「面白い」日本人がフラリと立ち寄り、旅の話をし、時には私の家でご飯を食べていった。皆、植村さんや野田さんの本を読み、影響を受けて北へ冒険に来た人たちだった。南米から自転車で上がってきて、ホワイトホースで安いカヌーを買い、そのまま自転車も乗せてアラスカを目指していった人。アンカレッジからやはり自転車で旅してきて、これからチリまで行くのだという人。野田さんと同じような白い帽子を被り、野田さんがそうしたようにマイ・フェザークラフトを担いでカヌーを楽しみに来た人、、、。

最近は、ここでこういう「冒険の途上」にある日本人にあまり出会わなくなった。世代が変わり、ただ私が会わないだけかと思っていたら、14年来の知り合いであるカヌー会社のオーナーも同じことを言ったので、きっとそうなのだろう。だから、久しぶりにあったTomoさんが相変わらずで、山の話になると熱く語りだすのを見て嬉しかった。

14年。町に日本食レストランも、スターバックスもウォールマートも無く、代わりにユーコン川のほとりにアーティストたちが多く住み着いていた古いキャビンの集落、「シップヤード」があり、今よりもっとフロント・グラスにヒビの入ったトラックが多く往来していた頃のホワイトホース。私やTomoさんにとっての「古き良き時代」。私も、ここでそんな思い出話を語れるようになった。

14年もこの町で、毎日のようにグレイ・マウンテンを見上げ、ユーコン川の力強い流れの側で暮らし、そして今でもその景色を本当に好きだと思えることを嬉しく思う。

と、ユーコンをシミジミ語りつつ、突然ですが今週からブラジルに行ってきます。また、3週間後に戻ったら、報告します。では、、、。

2009年9月4日金曜日

Curious Mind








また、ひとつ歳を取る。自分の生活を冷静に見つめ直してみると、歳を重ねていることに、なるほど、ナルホドと納得することもあれば、何故こうなんだろうと首をひねってヒネリマクルしかないこともある。

でも、もし、20代前半からひとつ変わっていないものがあるとすれば、恐らく旅への強い好奇心だろう。大学3年の夏、初めての海外、初めての独り旅で訪れたアメリカ。足元に広がるグランド・キャニオンを見渡していたところ、60代くらいのおばあさんが私に近づいてきて、尋ねた。「あなたは、今日どんな方法でここを楽しんだの?」「足で」「そう。私もね、30年前は、歩いて渓谷を下りた。でも、もうこの歳ではそれもできないから、今日はバスで観光したのよ」

私が、以後、バックパックを担いでの旅を始めたのは、この言葉との出会いがあったから。「体力と、気力と勇気がある今だからこそ、今しかできない旅をしよう」

その想いは、今でも続いている。だからこそ、私は人力での旅に魅力を感じ、パドルを持ち、スキーを履き、バックパックを担いで自然にアプローチする。

今年の夏の友人たちとの9日間のアラスカ、プリンス・ウィリアム・サウンドでのシーカヤックでの旅。旅の前の装備や食糧の準備から始まり、海では地図を読み、ラジオで天候をチェックし、風雨の中パドルを漕ぎ続け、氷河の壮大さや目の前に広がるレイン・フォレストの瑞々しさに感動し、テント場で歌い、大声で笑う。これは全て、好奇心が導いてくれること。好奇心があるからこそ、私は青く光る流氷にアプローチし、氷をすくって口に含んでみるのだと思う。

この好奇心だけは、歳を重ね、いつか生活や旅のスタイルが変わっても、変わらずに持ち続けていられたら、、、と思う。